時をつなぐ手紙<01>

こちらは、「美馬サマと花純ちゃんがデュオの数年後再会したハナシ」です。 「もうひとりのきみと過ごした一ヶ月」のお話より数年前の設定となります。 〜このサイトでの、勝手な設定〜 ・花純ちゃんはモデルから女優になっていて、パリで暮らしています。 ・美馬サマは、プロテニスプレーヤーになったのち、引退して美馬財閥の跡を継いでいます。 それではどうぞ。 ***** ―――美馬が婚約した――― そのニュースは驚くほど鮮やかに、花純の胸を切り裂いた。 それはジョゼからの電話だった。平静なふりをするのが精一杯で、花純は何を言ったかも思い出せない。 ナカレ島で、美馬とは決定的な別れをした。以来、彼とは一度も会っていない。 彼からは毎年、バースディの花束とカード、それにクリスマスにもカードが届いた。几帳面な彼らしい字で書かれた心のこもったメッセージとともに。そこには花純の小さな仕事から、舞い込んだ大きなチャンスまで、彼が人を介して日本から見守ってくれている様子が控えめに綴られていた。 だが、花純からは一度も返事をしないまま、十年の月日が経っていた。 ―――返事をしなかったのは、自分が崩れてしまいそうだったから。 あまりにも子供すぎた自分を思い返して、美馬との間に起こった出来事とその結末は、すべて自分のせいだと花純は思っていた。 “自信を持つためには、誇れるものを持つこと” ジョゼの言葉を胸に、花純はモデルとなり、やがて女優の仕事も平行するようになった。 たったひとり、言葉もわからない異国の地でいちから頑張るためには、支えとなるものが必要だった。 揺るぎない自信を持てるようになるまで、彼には決して連絡をしない。 幼かった過去の自分に対する罰のように―――そう戒めて、花純はこれまでやってきたのだった。 パリに来てから、恋は何度かした。 だからそのニュースに、自分がこれほどまで大きなショックを受けるということが、花純には驚きだった。 彼は心のなかの、一番大事な場所に住んでいるのだと―――あらためて、思い知らされた。 ***** 「しばらく休みをとりたいの」 衝撃から我に返ったあと、真っ先にしたのは、マネージャーのイレーヌに電話をすることだった。 今日の撮影が終われば、新しい映画のオーディションを受けることになっている。それは二週間も先だ。その間にあるモデルの仕事をいくつか取りやめれば、スケジュールは空くはずだった。 花純はひとつの仕事が終わったあと、ほぼフリーになる。 それはよりレベルの高い作品に挑戦できるよう、イレーヌが予定を組んでいるためだった。 映画の配役は、キャスティングディレクターがまず監督の希望に合う俳優を集め、オーディションを行う。その際の条件には俳優自身がスケジュールが空けられるかどうかということもかなり重要視される。日本人の俳優は、半年どころか一年以上先まで予定がきっちりと組んであることが多く、そのことが海外で採用されにくい理由のひとつにもなっていた。 また、言葉ができなくて通訳が必要だったり、思うようなやりとりができないこともあってさらに敬遠される。 その点、花純は日本語に加え、英語とフランス語に堪能だ。現場での自己主張も、生来の気の強さとモデル時代にパリで培った経験でもって、きちんと行える。またヨーロッパ全土での撮影はもちろん、アメリカに渡ることすら異を唱えず自由がきくことも、重宝される理由のひとつになっていた。 そうやって彼女はひとつひとつの仕事をきっちりとこなし、今の実績を積み上げてきたのだった。 「休み?……どうかしたの?」 「別に何もないわ。ただ、ちょっと……」 電話口で黙っていると、イレーヌがため息をついた。 花純は普段こんな我が儘を言ったことがない。よほどのことがあったのだろうと彼女も感じたのだろう。 「歯切れが悪いわね。らしくない。……わかった。じゃ、20日のオーディションまで、間の仕事は断って休みにしましょう。話を持ってきた相手には、わたしから謝っておく。代わりを捜すわ」 「ごめんなさい。ありがとう」 「ただ今日の仕事のあとの、パーティだけは顔を出してね。それから、自分だけで手に負えなくなったら、ちゃんと言うこと!ひとりで抱え込んじゃダメよ」 イレーヌはマネージャーという立場だが、花純をこれまで導いてきてくれた、姉のような、母のような存在だ。花純のことを心から大事に思ってくれている―――もちろん女優という“商品”であることを超えて。 心配している様子がにじみ出るその言葉に、花純は心が温かくなって、感謝の笑みを浮かべた。 「わかったわ」 電話を切り、その指で別の短縮を押した。 「マリオン、わたしよ。……今夜、そっちに泊まってもいいかしら」 一番親しい女友達は、事情も聞かず快諾してくれた。 美馬のことは、パリに来てからは誰にも話していない。彼女に事情を話すかどうかも、まだ決めていない。 ただ―――今夜はひとりで過ごしたくなかった。

inserted by FC2 system