誓いのキスはすみやかに

オリジナル設定にもほどがある内容です。 原作に忠実でないのは百も承知二百も合点なので 原作至上主義の方はどうぞ回れ右して下さいませ。 「もうひとりのきみと過ごした一ヶ月」のお話より以前、 「時をつなぐ手紙」の直後のお話です。 〜このブログでの、勝手な設定〜 ・花純ちゃんは有名な女優になっていて、普段はパリで暮らしています。 ・美馬サマは、プロテニスプレーヤーになったのち、引退して美馬財閥の跡を継いでいます。 10年ぶりに再会して、結ばれたばかりのふたりのおはなし。 大変に甘いので、苦手な方はご注意ください。 それではどうぞ。 -------------------------------------------------------------------------------- テーブルに置いた左腕が音を立て、花純はそっと右手でおさえた。 もらったばかりのプラチナブレス。 一昨日からのことを思い返すと、まだ夢のなかにいるようだ。 ―――結婚して欲しい。 そう言われて、うなずいた自分。 斜めに座った目の前には、コーヒーカップを持った美馬がいる。 朝日を浴びて、精悍な横顔に睫毛が影をおとし、彫りの深さがよりいっそう強調されていた。 彼と、ゆうべ……。 突然思い出し、ひそかに動揺していると、ふいに美馬がこちらを見た。 「……何、してるの」 外さないといったものの、何度もテーブルにぶつかるのをみかねて、花純は無意識にブレスの留め金をいじっていたらしい。 「えっと……傷がつくといけないから……」 「ダメだよ。外さないで」 「は、はずさないけど」 包帯でも巻いておこうかしらと考えて、そういえばむかしもらったときも同じことを考えたと、小さく笑みがこぼれる。 つられたように美馬も微笑みかえした。 「何考えた?」 「包帯で保護しようかと思って。あなたはよくつけたままでいられたわね?」 「サイズがぴったりだったからね。キミには大きいだろうから、少し縮めようか」 「……それはちょっと、イヤかも」 大事なブレスを変えてしまうようでとんでもない。 眉をしかめた花純の手を取り、美馬はテーブルの上で指をからめた。 「いくら外さないでほしいとはいっても、無理なときはあるだろうから。撮影のときだとか、仕事のときは気にしなくていいよ。キミの気持ちが―――」 人差し指で、ゆっくりと花純の中指をなぞる。 男性らしい形のいい指が、爪の先を撫で、付け根をたどり、細い指を押し開くようにからまる。 「……オレにあるってわかっていれば、ね」 「……っ」 頬を染めた花純の手を捕らえて引き寄せようとしたところで、美馬の携帯が鳴った。 表示画面を見て、首を振る。きゅっと花純の手を握りしめ、名残惜しそうに手を離した。 「―――切っておけばよかった。ちょっと、ごめん」 「どうぞごゆっくりっ!」 電話に出ながら立ち上がったその背中を見送りながら、花純は取り戻した右手を胸に押し当てた。 上気した頬を左手で小さくあおぐ。 ここはまだ美馬のホテルの部屋で。 朝食をとっている最中で。 でも隣の部屋にはベッドがあって。 とりあえず途中で放置していた朝食の続きに戻ることにして、胸の動悸が収まるのを待つ。 コーヒーカップを両手で持ち、赤い顔を隠すようにして、すっかりぬるくなったコーヒーを味もわからずに舐めていると、なにやら明るい表情の美馬が戻ってきた。 「キミのアパルトマンが買い取れそうだよ」 「……なんですって?」 何を言っているのかわからずに、花純はぽかんと聞き返した。 人は突然理解不能なことを言われると、思考が停止するものだ。 「秘書からの電話だったんだけどね。持ち主に話を聞いてみたら、手放すのには全く問題ないそうだ。入居者もかなり減っているそうだから、こちらで引っ越し先を用意して、キミが安全に暮らせるように改装してセキュリティを強化して……」 「ちょ、ちょっと待って!」 花純の住んでいるアパルトマンは、パリでも大きい部類に入る。 それを丸ごと、買う? 「……あそこで?あたしひとりで住むの?」 「そうだよ。あのまま全くの他人に囲まれているのは不用心すぎる。ほんとうは別に家を用意したいけど、キミは引っ越したくないって言ってただろ?」 「言ったけど……」 「持ち主も高齢の上に入居者が減って困っていたようだから、渡りに舟だったそうだよ。まあ、かなりいい条件をだしたけどね。外観さえ変えなければ問題ないって」 10年ぶりに再会したのは一昨日。 デートしたのが昨日で、プロポーズされたのも昨日。 なにもかも早すぎる。花純はくらくらする頭を抑えた。 「花純?」 沈黙した花純を、美馬が屈んで下から覗き込む。 「……結婚は、やめる」 「なんだって?」 顔色を変えた美馬を見ずにつぶやいた。 「だって、唐突すぎてついていけないし。第一あそこでひとりだなんて無理!何部屋あると思ってるの?」 「ざっとみたところ、50から60部屋ってところかな」 「そんなゴーストタウンみたいになったところに、ひとりで住めっていうの? ……幽霊が出たらどうするのよ? ここはパリよ?ヨーロッパよ?革命があったところなのよ!? ―――人がいっぱい亡くなってるんだからね!!」 涙声になった花純に、美馬は目を見開いた。 「だれもいない学校に、夕方、忘れ物を取りに行ったことってある? すっごく気味が悪くて恐くて―――ってちょっと!」 「……っ」 片手で口を押さえて横を向いた美馬に、花純は椅子を蹴って立ち上がり、腕を掴んで自分のほうを向かせた。 堪えきれなくなった美馬が吹き出す。 「もう知らないっ!!」 「ごめん、あんまり可愛くて……そういえばキミは恐がりだったね」 離れようとした花純の二の腕を掴み、引き寄せて後ろから抱きしめる。 「あの広さを一人で住むのは無理だよ。管理する執事と、運転手と家政婦を何人か―――もちろん住み込みで雇うから。心配ない。……そもそも、交渉する余地があるかどうか、感触を確かめてもらっただけでね。もちろんキミがイヤならやめるし、他の方法を考えてもいい」 だがその肩がまだ震えているのに花純は気づいた。 「まだ笑ってる!!……もうっ……」 「キミの反応が可愛すぎるのがいけない」 「だって、一人で住むなんて想像しただけで恐いじゃない!」 青くなって自分の両肩を抱きしめた花純を、そっと抱き寄せた。 「わかった。じゃあ、キミはどうして欲しい?」 少し考えて、花純は首を振った。 「わからない。なにもかも、あんまり急すぎて……」 「ビジネスの基本は“即断・即決・即実行”だからね。つい先走ってしまって、驚かせて悪かった。ごめん。 でも、勝手に話を進めるつもりはないよ。ふたりで相談して決めよう。だから―――」 いとおしくてたまらないというように、背中を撫でる。 身体の向きを変え、上向かされたくちびるを、そっとついばまれた。 だんだん深くなるくちづけと、かすかな美馬の香りに、強ばっていた花純の肩から少しずつ力が抜けていく。 「結婚をやめるなんて言わないで……」 Fin. -------------------------------------------------------------------------------- 美馬サマ、お誕生日おめでとう!(#^.^#) いくつになっても、いつまでも愛しつづけます! さえこでした〜。

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