目をつぶって食べてみよう。

「もうひとりのきみと過ごした一ヶ月」のお話よりずーっと以前の話です。 マリナちゃんとシャルルは、まだ恋人同士で同棲中です。 〜このサイトでの、勝手な設定〜 ・マリナちゃんと花純ちゃんは親友です。 ・花純ちゃんは有名な女優になっています。 ・マリナちゃんは、画家として成功しています。シャルルをモデルにした絵が人気です。 それではどうぞ。 ***** サンジェルマン・デ・プレ教会にほど近い、このこじんまりとしたカフェを見つけたのは花純だった。 ドゥ・マゴやラデュレでは、あまりに人目につきすぎる。 フランス人は基本的に、カフェで有名人がくつろいでいると気づいても声をかけてくることはないが、世界中から訪れる無粋な観光客はそうはいかない。 ゆっくりとお茶の時間を楽しむには、裏通りのカフェが一番だった。 しかもここは、ガトゥが絶品なのだ。 「マリナちゃん、私に遠慮しないで食べていいのよ?」 カフェ・クレームだけをオーダーしたマリナに、花純がささやく。 「女優さんの目の前でケーキをぱくつくなんて申し訳ないもの。今日は我慢するわ」 言ったマリナの表情は、本当に心の底から我慢している、といった風だったので、花純は微笑んだ。 「せっかくだからひとくちもらおうと思ってたのに。残念」 「……そうなの!?じゃ、注文する!」 目を輝かせたマリナはギャルソンをもう一度呼び戻した。 繊細にカーブしたショコラの飾りと木イチゴがのった、ミル・フィーユ・フィグ・フランボワーズ。 キャラメリゼしたフィユタージュで、木イチゴと無花果のジュレとバニラムースをはさんでいる。 「ほんと可愛い!!ここのミルフィーユは見た目からして最高ね!……花純、お先にどうぞ」 「いいの?……ありがとう」 言って、花純は小さく切り分け、口に運んだ。 目を閉じて、ゆっくりと味わう。 香ばしいパイ生地と甘酸っぱいジュレが見事に調和し、見た目ほどくどくはなく、あっさりとした印象だ。 時間をかけ、幸せそうにほほえみながら、飲み込むまで目を開けない。 その様子を見守っていたマリナは、おそるおそる言った。 「それだけ味わってもらったら……ミルフィーユも幸せだと思うの」 花純はエスプレッソをひとくち飲んで、ようやく目を開けた。 「おかしいでしょう。でも、目を閉じるとね、感覚がすごく敏感になるの。 ケーキはダイエットの敵だけど、こうしてゆっくり味わったら、ひとくちでも充分満足できるのよ。 ……よかったら、目を閉じて食べてみて?」 「うん」 マリナもひとくち口に入れて、目を閉じた。 「キャラメル味のパイのさくさく感と、ゼリーの甘酸っぱさと生クリームが混じり合って……あ、お酒の風味もするわ……香りが鼻に抜けてく……。このバニラムースって、砂糖が控えてあって、軽くて……でもしっかり甘みはあるのよね……ああ、ホント、幸せ……」 マリナはふたくち目を飲み込み、目をあけた。 「信じられない。このあたしとしたことが、お腹いっぱいになっちゃった……!!」 愕然としていると、花純がほほえんで言った。 「ね?だからダイエットにもいいの」 ****** キングサイズのベッドには、美貌の天使が横たわっていた。 彼は、いつも10時をすぎなければ起きない。わかってはいるものの、マリナにはそれが少々不満だった。 時間がもったいない気がするのだ。ただでさえ、多忙な彼と一緒にいられる時間は限りがあるというのに。 一緒に暮らし始めるようになったころ、朝食ぐらい一緒にとりたいといったら、オレが起きるまで待っていればいいと一蹴された。 そんな遅い時間は朝食とは言わないと反論したものの、全く聞き入れてはもらえなかった。 「シャルル〜、ねえ、そろそろ起きない?おいしい朝食ができてるわよー。今朝はクレープをリクエストしたの。アルディ家のお抱えシェフのつくるできたてクレープ。おいしいと思うよー」 声をかけるが、目覚めそうにない。マリナはため息をついて、今朝もひとりで朝食を食べようと起き上がった。 ふと、いたずら心が芽生えた。 シーツに散った白金髪に指を絡める。 柔らかな髪は思ったより弾力があって、指から外れると、さらさらとこぼれた。 昨日の花純とのやりとりを思い出し―――目を閉じてみた。 彫刻のような頬に、指先で触れる。 首筋をおりて、喉仏の固い感触をたどり、鎖骨を横にたどった。 シーツからのぞく肌に、そっと触れてみる。サテンのような肌触りを楽しんで、そろそろと指を伸ばすと、なめらかな筋肉が手に吸い付いてきた。 いつもは翻弄されてしまい、ろくにわからないその感触を、目を閉じたまま存分に味わった。 この胸にいつも抱かれているのだと思うと、思わず頬が紅潮する。 さらに手を滑り込ませ―――胸の飾りに触れて飛び上がりそうになる。 てのひらを当てると、力強い鼓動を感じた。 そのとき、頭の上から声がした。 「人の寝込みを襲うとは、成長したね、マリナちゃん」 驚いて身体をひいたが、その手をがっちりと押さえられていて、逃げられなかった。 「……シャルル!!起きてたの!?」 「起こされたんだ。いったい何をやってる」 不機嫌な声に、マリナは素直に謝った。 「ごめんね。昨日、花純と会ったときに、目を閉じると感覚が敏感になるって聞いたから、ちょっと試してたの。あ、どうぞ、遠慮なく、まだ寝ててくれていいから」 「マリナちゃん……」 ため息をついて、シャルルは乱れた髪をかき上げた。 「恋人にこんなまねされて、はいそうですかと寝る男がいたらお目にかかりたいね。 ……君は相変わらず男ってものがわかってない」 一瞬にして世界が反転する。柔らかくベッドに転がされ、天井をあおぐ。上からのしかかられ、陰になった顔が迫力たっぷりに笑った。 その顔はまるで獲物を押さえ込んだ肉食獣のようだ。とマリナはのんきに思う。 冷や汗をかきつつ、最後の抵抗を試みた。 「あの……あたし朝ご飯が待ってるし。そろそろ起きるね」 「誘ったのは君だろう。目を閉じると感覚が敏感になる?……当たり前だ。そんなことも知らなかったのか?きみは」 「シャルルっ……」 押しのけて逃げようとしたマリナの両腕を、片手で頭の上にまとめて掴む。 「いまからぜひ実践してみるといい。……ああ、ちょうどいい具合にこんなものがあったよ。よかったね。マリナちゃん」 微笑んだ顔は本当に天使のようだ。 マリナが一瞬見とれたその隙に、シャルルはそばにあったハンカチを片手で広げ、マリナの両目にくるりと巻きつけた。 「ちょっと!!見えないわよシャルル!!何すんのよっ!!」 「感覚が鋭敏になるかどうか、自分の身体で確かめてごらん。可愛いマリナちゃん」 耳元で囁かれ、そのまま唇が降りてくる。 濡れた舌がおとがいをゆっくりとなぞった。吐息が肌を撫でる感触に、背筋がぞくりとする。 シャルルが馬乗りになったせいで身動きがとれず、両手は固定されたまま。 絶体絶命のピンチだった。 「わーん、花純のばかーっ!!」 マリナの叫びが、寝室に響き渡った。 その後、どうなったかは、神のみぞ知る―――。 Fin. ****************** ブログ立ち上げ前に書いていたシャルルとマリナです。 つづきはあるけど一応ここでやめておきます……。 初のRは、本編にしたいから……!!(だったら早く書きましょう) というか、シャルルは優しいから、マリナちゃんが泣いたらやめてくれたんでしょう。 ……たぶん。

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